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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)84号 判決

原告 デゲシユ・ジヤパン株式会社

被告 厚生大臣 東京都知事

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告は、原告がホストキシンを毒物及び劇物取締法施行令二八条所定の使用者以外の者に譲り渡した場合において、被告らから毒物及び劇物取締法の輸入業若しくは販売業の各登録の取消し又は右各業務の全部若しくは一部の停止の処分を受ける地位にないことを確認する。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

(本案前の答弁)

主文同旨

(本案の答弁)

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、毒物及び劇物につき被告厚生大臣から輸入業の、同東京都知事から販売業の各登録を受け、商品名ホストキシンと称する貯蔵農産物の害虫駆除等に用いる燻蒸剤を西ドイツのデゲシユ社から輸入し、販売している会社である。

2  被告厚生大臣は、昭和三五年一月二三日付薬発第二六号厚生省薬務局長発各都道府県知事あて通知等において、ホストキシンは毒物及び劇物指定令三条一〇号所定の「燐化アルミニウムとその分解促進剤とを含有する製剤」に当たるから毒物及び劇物取締法(以下「毒劇法」という。)二条三項の特定毒物であるとして取り扱つており、被告東京都知事においても右通知等に従い、同様の取扱いをしている。

しかし、ホストキシンは燐化アルミニウムを主要な成分とするが、その分解促進剤を含有していないし、また、特定毒物として規制しなければならない程の著しい毒性(毒劇法別表三、一〇号参照)を有するものでもないから、特定毒物に当たらないことは明らかである。

3  原告は被告らの右取扱いのため、毒劇法三条の二第六七項によりホストキシンを毒物及び劇物取締法施行令(以下「施行令」という。)二八条所定の特定毒物使用者等の法令で使用が認められている者以外の者に譲渡することが禁じられ、右薬剤を自由に譲渡し得る法的地位を侵害されている。

よつて、原告は、原告が将来ホストキシンを施行令二八条所定の使用者以外の者に譲渡した場合、被告らから毒劇法所定の輸入業若しくは販売業の各登録取消し又は右各業務の全部若しくは一部の停止の処分を受ける法的地位にないことの確認を求める。

二  被告らの本案前の主張

(被告両名)

本件訴えは、行政庁が行政処分を行なう前に行政庁が判断しなければならない問題について、通常の法律関係確認の形式で裁判所の判断を求め、その判断によつて行政庁の判断を拘束することを目的とするものであり、行政庁の第一次的判断権を侵害するものであるから、義務づけ訴訟と同様に原則として許されないものである。

そして、かかる訴えが例外的に許されるためには、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情の存在を要するものというべきところ、本件においては、原告主張のような輸入業ないし販売業の各登録取消処分又は右各業務の停止処分等を受けた段階において右不利益処分の取消し及びこれによつて受けた営業上の損害に対する金銭賠償を求めれば足りるから右のような特段の事情は存在しない。

(被告厚生大臣)

仮に、本件訴えが公法上の当事者訴訟であるとするなら、被告厚生大臣は国の一機関にすぎず、権利義務の帰属主体ではないから、かかる訴えの被告適格を有しない。

三  請求の原因に対する被告らの認否

1  請求の原因1のうち、原告がホストキシンを西ドイツのデゲシユ社から輸入し、販売している事実は知らないが、その余の事実は認める。

2  同2の前段の事実及び後段のうちホストキシンが燐化アルミニウムを含む事実は認めるが、その余は争う。

3  同3は争う。

四  本案前の主張に対する原告の反論

1  本件訴えは、原告と被告らとの間の現在の法律関係の確認を求めるものであるから、右は確認訴訟の対象としての適格性を備えているし、また、確認の利益の点からみても既に述べたように、被告らはホストキシンが特定毒物に当たる旨主張しているのであるから、これにより原告の法的地位は現実に危険、不安にさらされているところ、かかる危険ないし不安を排除するためには確認訴訟によるほかなく、このような意味で、本件訴えは行政事件訴訟法四条後段の公法上の法律関係に関する訴訟として許されるべきである。

なお、被告厚生大臣は、本件訴えを公法上の当事者訴訟と解した場合には、右被告は被告適格を有しない旨主張するが、特定毒物等の輸入業に関する登録及びその取消しについての権限は被告厚生大臣に、販売業に関する登録及びその取消しについての権限は都道府県知事にそれぞれ専属するものであるから、本件訴えのような取消訴訟以外の行政訴訟においても被告らを被告適格を有する者として選択することは許されるべきである。

2  仮に、前項の公法上の当事者訴訟が許されないとしても、本件訴えは無名抗告訴訟として許されるべきである。すなわち、無名抗告訴訟が許容されるためには事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情の存在が必要であるとしても、原告には次のように右特段の事情がある。

原告においては、売上高のほとんどをホストキシンが占め、ホストキシンの売上げが会社存立の基礎をなしているものである。ところが、被告厚生大臣は、前記のような薬務局長通知等を通じて都道府県に対しホストキシンが特定毒物である旨の行政指導を行ない、都道府県も右指導に従い使用者等に同様の行政指導を行なつているため、燐化アルミニウム製剤の使用者等を定める施行令二八条所定の者以外の者がホストキシンを使用することは考えにくい状態にある。このため原告は、ホストキシンの販路を右二八条所定の者以外の者に拡張することができず、営業の自由の侵害を受けている状態が続いており、原告の存立自体が脅されているものである。

被告らは、輸入業あるいは販売業の登録取消し等の不利益処分を受けた後、右不利益処分を争えば足りる旨主張するが、かつてホストキシンを販売していた訴外ホストキシン販売株式会社(原告の代表取締役がその代表取締役であつた。)は、昭和四九年一二月大阪府からホストキシンを施行令二八条所定の者以外の者に販売したとして二〇日間の業務停止処分を受け、これに対し審査請求をしたところ、厚生省の関係係官からホストキシンを特定毒物からはずすので審査請求を取り下げて欲しい旨の要望が出されたためこれに従つたことがあるばかりか、厚生省は同会社代表者の抗議に対してもホストキシンは特定毒物に当たらないことを認めてきたのである。しかるに、かかる経緯があるにもかかわらず、被告厚生大臣はホストキシンが特定毒物に当たるとの措置を何ら改めていないのであるから、このことからすると、被告厚生大臣は問題の回避を図つているものというほかはなく、従つて、被告らが前記のような不利益処分を行なうとは考えられない。このため、原告は、被告らがホストキシンを特定毒物として取り扱つていることの当否を争う機会を半永久的に奪われているのである。

以上のように、原告は、被告らの登録取消し等の不利益処分が行なわれないまま営業権の侵害を受け続けているのであるから、かかる事情は前記の特段の事情に当たるものというべきである。

五  原告の反論に対する被告厚生大臣の認否及び反論

(認否)

原告の反論のうち、2の被告厚生大臣が原告主張のような通知によりホストキシンが特定毒物に当たるとの行政指導を行なつている事実は認めるが、その余の主張は争う。

(反論)

原告は、被告厚生大臣は原告に対し登録取消処分等を行なわない旨主張しているが、無名抗告訴訟が許されるためには、違反に対する制裁としての不利益処分の確実性が要件の一つと解すべきであるから、本件訴えが無名抗告訴訟として許されるものでないことは原告自身の右主張に照らしても明らかである。

六  被告厚生大臣の反論に対する認否

被告厚生大臣の反論は争う。右被告は、不利益処分の確実性を無名抗告訴訟提起の要件とするが、右の確実性は無名抗告訴訟一般に通じる要件と解すべきではない。既に述べたように、本件においては不利益状態は継続しているのであるから、特段の事情が存在するものというべきである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告が毒物及び劇物につき被告厚生大臣から輸入業の、同東京都知事から販売業の各登録を受けている事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告はホストキシンと称する薬剤を輸入し、販売している事実を認めることができる。

二  そこで、本件訴えの適否について判断する。

1  まず、原告は、本件訴えを原告と被告らとの間の公法上の法律関係に関する訴訟、すなわち公法上の当事者訴訟である旨主張するので検討するに、右訴訟は当事者間の公法上の法律関係それ自体を訴訟物とするものであるから、法に特別の規定がない限り、かかる訴訟においては、当該法律関係の帰属する権利主体が当事者適格を有するものと解するのが相当である。これを本件についてみると、被告らはいずれも国の機関として毒劇法所定の事務を担当するものである(被告東京都知事は、地方自治法一四八条二項、同法別表三、一号(四一)により国の機関としての地位に基づき右事務を担当するものである。)から、被告らは毒劇法に関する法律関係を訴訟物とする公法上の当事者訴訟においては被告適格を有するものとはいえず、また、他にこれを認める法律上の根拠もない。これに反する原告の主張は採用できない。

従つて、本件訴えは当事者訴訟としては、被告適格を欠く者を被告とする点において不適法というべきである。

2  次に、本件訴えを輸入業ないし販売業についての将来における登録取消処分等の不利益処分の防止を目的とする抗告訴訟、すなわち無名抗告訴訟とした場合について検討するに、右訴えは、ホストキシンを施行令二八条所定の使用者以外の者に譲渡しても不利益処分を受ける地位にないことの確認を求めるものであつて、行政庁が処分をする前に裁判所の判断によつて間接に行政庁の判断を拘束することを目的とするものであるから、三権分立主義との関係上原則として許されず、ただ、不利益処分を受けた後、これに関する訴訟において事後的に救済をはかるのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合に限つて例外的に許容されるものと解するのが相当である。

そこで、本件につき右特段の事情の存否を検討するに、まず、原告は、ホストキシンが特定毒物に当たる旨の被告らの行政指導の結果、特定毒物使用者等として法令で使用が認められている者以外の者がホストキシンを購入することは考えにくいから、原告は営業権の侵害を受けているのであり、かかる事情は右特段の事情に当たると主張する。

被告厚生大臣が昭和三五年一月二三日付薬発第二六号厚生省薬務局長発各都道府県知事あて通知等において、ホストキシンは特定毒物に当たるとし、被告東京都知事においても右指導に従つている事実は当事者間に争いがなく、この事実に毒劇法の定める特定毒物に対する規制の仕組み等を勘案すると、被告らの行政指導によりホストキシンの販路が実際上制約を受けるであろうことは推認し得るところである。しかしながら、右の行政指導の結果原告がいかなる損害を被つているかについて適確な立証はないばかりか、まして原告が不利益処分を受けた後では救済を困難ならしめるような回復し難い重大な損害を受ける事情をうかがうことはとうていできない。

また、原告は、被告厚生大臣はホストキシンが特定毒物に当たるか否かの問題をことさら回避しているので、右被告が原告に対し登録取消処分等の不利益処分を行なうとは考えられず、従つて、このような事情からすると原告はホストキシンが特定毒物に当たるとする被告らの判断の当否を争う機会を奪われていることになるから前記の特段の事情が存在する旨主張する。

しかしながら、被告厚生大臣が、ホストキシンが特定毒物に当たるか否かの問題を回避し、原告に対しホストキシンが特定毒物に当たるとの判断を基礎とする不利益処分を将来ことさら行なわないようにしているとの主張を認めるに足りる何らの証拠もない。

かえつて、原本の存在及び成立に争いない甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば、かつてホストキシンを販売していた会社が昭和四九年中に大阪府等において法令上使用が許されない業者にホストキシンを合計四・五トン売り渡したとして業務停止二〇日の行政処分を受けた事実が認められ、右事実からすると、原告についてもホストキシンが特定毒物に当たるか否かを争う機会がないとはいえないから原告が不利益処分を受けた後にこれを争う機会が半永久的に奪われているものとは認め難い。

そして、他に前記の特段の事情の存在についての主張立証はないから、本件訴えはこれを無名抗告訴訟としてみてもこれが許容されるべき場合に当たらないものというべきである。

3  以上の次第であるから、本件訴えはいずれにしても不適法な訴えというほかはない。

三  よつて、本件訴えを不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰 満田明彦 田中信義)

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